羽田空港不時着 第1節


アナウンサー
.アナウンサー.

「こんばんは。2083年8月21日、午後8時。東京の現在の気温は22度となっております。さて、緊急のニュースです。羽田空港に着陸が予定されていた特別便が襲撃を受け、羽田国際空港E滑走路に不時着。特別便には来日される天使・ウルヴェルヌ氏が搭乗していたとのことで、警視庁は、これが悪魔および反天界分子による襲撃とみて対応に当たっています。なお、天使・ウルヴェルヌ氏の生死は不明とのことです」

羽田空港では、ギリギリの状態で不時着した飛行機が滑走路上で炎上していた。

炎上中の飛行機の中央部から、ウルヴェルヌは壁を破壊してなんとか這い出てきた。

自分一人脱出する程度ならば簡単だったが、装備を入れたボックスを引きずり出すのに時間がかかった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「・・・ここまでの状態になってしまうとはな」

襲撃を受けることは想定されていたことだ。しかし、ここまで大々的に襲われることは想定外だった

ウルヴェルヌは機首の方に目をやりながら、装備品の入った強化プラスチックのボックスを、背負った。

ウルヴェルヌは、今、不時着した飛行機の残骸の上に立っている。

直接攻撃を受けていない機首付近は、比較的形が残っている。しかし、直接攻撃を受けたエコノミークラスの辺りは、穴を開けられてしまっていた。

ウルヴェルヌは、軽く状況を見てから、飛行機の残骸の上から飛び降りた。

エンジンに火が回るのも時間の問題だ。爆発を避けるためにも、少し距離を取るべきだろう。

しかし、ウルヴェルヌは、不時着した機体に沿って、機首の方に向かって走り出した。

ウルヴェルヌの腕にとりつけたアームフォンが鳴った。誰かからの通信だ。

ウルヴェルヌは走ったまま、イヤホンマイクを耳に挿入すると、無線通信を開始した。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「はい。こちら、ウルヴェルヌでございます」

天使 - 女性
.天使 - 女性.

「ウルヴェルヌ。無事で何よりだ」

通信口から女性の声が聞こえる。女性の声はあまりにも落ち着いていて、今、ウルヴェルヌのいる状況とかけ離れていた。今まさに攻撃を受け、不時着し、炎上している飛行機という緊急事態と、あまりにかけ離れていた。

天使 - 女性
.天使 - 女性.

「状況は依然不明だ。最前線の警察による警備が、武装集団から攻撃を受けているとの報告はあるが、それきりだ」

ウルヴェルヌは周囲に目を配り、走りながらも、適宜相槌を打った。

天使 - 女性
.天使 - 女性.

「お前が対人討伐戦を専門とすることは理解している。だが、お前の実力ならば、この状況の突破が可能であると、上級天使は信用しておられる」

女性はウルヴェルヌの行動に構わず話を続けている。ウルヴェルヌは話をしっかりと聞きつつも、走り続けていた。

天使 - 女性
.天使 - 女性.

「従ってこの件 お前に一任する。天界府極東官庁及び警察・自衛隊合同警備隊と共に、事態の打破に当たれ」

状況は不明。自分の身の安全すら保障できていない。天界府極東官庁も、警察も、自衛隊も、事前の協議は一切なかった。そんな状況で、事態の打破を一任されるなど、無茶な任務だった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「はい。かしこまりました」

しかし、ウルヴェルヌは何の迷いもなく淡々と受け入れた。ウルヴェルヌにとって、この事態の打破などは過剰な期待ではなかった。ウルヴェルヌは、任されれば、この襲撃を、一切のバックアップ無しでも突破して見せる自信があった。

そして、それだけの大役を任せられるほどの、実績がウルヴェルヌにはあった。

天使 - 女性
.天使 - 女性.

「では、我らが神の御為に」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「そうあれかし。神の御為に」

女性とウルヴェルヌは、互いに祈りの言葉を捧げた。ウルヴェルヌも、この瞬間ばかりは動きを止め、敬虔な顔で祈りの言葉を口にした。

天使 - 女性
.天使 - 女性.

「では、今後の状況は、天界府極東官庁の天使に引き継ぐ」

落ち着いた声の女性との通信が終わった。少しだけ通信が切れたが、すぐに自動で通信が始まった。

オペレーター
.オペレーター.

「では代わりまして 極東官庁よりオペレーションサポートいたします。私も天使ですのでご安心を」

通信機から、若い女性の声が聞こえた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「こちらウルヴェルヌ。よろしく頼む。今回はこの騒動の鎮圧と極東官庁への到達、これでいいか?」

オペレーター
.オペレーター.

「ええ 構いません」

女性は淡々と、しかし、即座に返事をした。

ウルヴェルヌは、その会話の間に、コックピットの窓から中を覗き込んだ。

機長と副機長はひとまず、人の形を保っている。ウルヴェルヌは、コックピットの扉の方に素早く回り込む。

オペレーター
.オペレーター.

「現在、ウルヴェルヌ様がいらっしゃるのはE滑走路。こちらは、空港施設・ターミナルから最も遠い場所でございます」

極東官庁のオペレーターは、淡々と現状を伝える。ウルヴェルヌは、背中のボックスのひときわ大きなボタンを押した。ボックスの上が開き、パイルバンカーがロボットアームのガイドに従ってゆっくりと排出される。

ウルヴェルヌは、そのパイルバンカー手にした。すると、ロボットアームは、出てきたときと同じように、ゆっくりと、ボックスの中に入っていった。

オペレーター
.オペレーター.

「また、飛行機は炎上中。大規模な爆発も予想されます。しかし、現在、警備上の観点から、消防の接近を制限。この危険の対処関する支援は望めません。速やかにその場を離れてください」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ」

ウルヴェルヌは淡々と返事をした。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「だが、まずは、乗員の救出を行う。機長、副機長、および、CA1名。すぐに済む」

パイルバンカーを手早くセットすると、コックピットの扉の留め金めがけて打ち込んだ。

金具が吹っ飛ぶ。

もう一発、扉の金具向けて打ち込む。さらに、ロックがかかっている部分にも、打ち込む。

固く閉ざされていた扉が、重い音を立てて、外れた。

ウルヴェルヌは、パイルバンカーのマガジンを替えながら、中に入った。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「それと、敵の状況を調べてくれ。まずは、俺の方に接近する敵が半径500メートル以内に来たら教えてくれ」

500メートル圏内であれば、ウルヴェルヌの現在装備しているボックスのレーダーで簡易索敵がかけられる。そのシステムも、極東官庁にはすでに伝えてある。

オペレーター
.オペレーター.

「かりこまりました。敵の情報は現在、多くが不明ではございますが、ウルヴェルヌ様に接近する敵の出現を最優先事項として、お伝えいたします。また、ウルヴェルヌ様の視覚情報は、イヤホンマイク内蔵カメラにて、取得しておりますので、そちらの情報も用いてサポートいたします。」

扉から機内に入ると、すぐそこにCAが倒れていた。頭部から出血している。しかし、目視で確認した範囲では、致命傷に至るほどではなさそうだ。

ウルヴェルヌは、CAを担ぎ上げた。

それから、コックピットに入った。

機長も副機長も、気絶はしている。ウルヴェルヌは、更にその二人も担ぎ上げた。

合計三人に、装備品の入ったボックスを担ぎ上げても、ウルヴェルヌは難なく歩みを進めた。

ウルヴェルヌは外に出てから、しばらく走った。

ある程度距離を取ったところに、3人を置いておかなければ、飛行機の爆発で死にかねない。

気絶こそしている者の、3人とも軽傷に見えるのはそれぞれ不時着直前に適切な姿勢を取ることに成功したのだろう。

襲撃を前提としていた飛行機の乗員なのだから、対応が適切なのは当たり前なのかもしれない。それでも、本当の有事で、命を守る行動をとれた3人に対する敬意を、ウルヴェルヌは持っていた。

それから、三人の体をゆっくりを横たえた。本当は止血くらいはしてやりたいのだが、おそらくそんな余裕もない。

滑走路は、完全に航空機の往来が制限され、静かだった。油臭い風が、ウルヴェルヌをすり抜けて吹いていく。

しかし、ターミナルの向こう側では、滑走路と打って変わって騒動が起きていることは、この距離からでも明確に認知できた。銃撃音、爆発音、人の声、警官による説得の声、放水音。警備用に追加で立てられた一時的な大型照明が、催涙ガスや爆発の煙を、煌々と照らしていた。

ウルヴェルヌは、その方角を見つめていたが、とにかく今は動く時だと判断した。

オペレーター
.オペレーター.

「敵、来ます!ドローン10機です!」

ウルヴェルヌは、即座にドローンに向かって走り出した。

ウルヴェルヌは、この状況においても落ち着いていた。

オペレーター
.オペレーター.

「接近、200メートル圏内に入りました」

ウルヴェルヌは航空機から離れるためには、ドローンの方に突っ込まなくてはいけない。

いずれにしても、ターミナルに近づくためには、ドローンと交戦する必要がある。

ウルヴェルヌはさらに走り出した。

ドローンの機銃が火を噴く。

???
.???.

「おっと!俺を忘れていないかい?!」

ウルヴェルヌの目の前に壁が突如出現した。

ウルヴェルヌは、足を止めた。しかし、止まりきれず、壁に体をぶつけた。

壁は、壁ではなく槍だった。太い槍が幾重にも重なり、地から生え、ドローンの機銃を防いでいた。

ウルヴェルヌは航空機の方を振り返った。

飛行機から、白い甲冑の男が飛び降りてきた。

甲冑の男
.甲冑の男.

「おいおいおい、俺様はどうでもよかったのか?!置き去りにしやがって!」

甲冑の男は、飛び出すなり、ウルヴェルヌに食って掛かった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「お前ならば、問題なく自力で脱出できると考えた」

ウルヴェルヌは淡々と言った。

残っていたドローンが槍の壁を旋回して超える。そして、ウルヴェルヌと甲冑の男に機銃を向けた。

甲冑の男はさらに槍を地面から生やした。

10機のドローンが一気に槍で貫通されて機能を停止した。

オペレーター
.オペレーター.

「榎倉さま、ご無事でしたか」

甲冑の男
.甲冑の男.

「ああ、当然だ」

白い甲冑の男は、通信機に向かって言った。

甲冑の男
.甲冑の男.

「というか、俺のバイタルデータだってそっちに送られてるんだろ?それを指摘しないってどーいうセンスなのよ!?」

オペレーター
.オペレーター.

「もうしわけございませんでした。ですが、榎倉さまはウルヴェルヌ様と合流されるまで放置してよい、との指示が来ておりましたので」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「俺と合流するまでは、遊んでいると思われていたんだろうな」

榎倉
.榎倉.

「お、おのれ・・・人の命を何だと思って・・・」

榎倉は顔を真っ赤にして怒り始めたが、すぐに諦めた。天使と言うのは、人の命を何だと思っているのかよくわからない存在なのだ。かつて人間だった自分が、天使としてあり続けるためには、そういったことに折り合いをつけなければならない。榎倉はそのことをよく理解している存在だった。