羽田空港不時着 第10節


マリアは青ざめたままながらもなんとか精神的に少しだけ持ち直した様子だった。

山本から見ても完全回復ではないにしても、マリアはきちんと吹っ切れているように見えた。

山本
.山本.

「マリア。もし、何か不安があればすぐに報告してくれ。いざとなれば、ありとあらゆる手を尽くす。越権でもなんでもしてやる」

山本は断言した。あまりの断言っぷりに若い警官が困惑した。

若い警官
.若い警官.

「本当にそんなこと言って大丈夫なんですか?」

山本
.山本.

「仕方あるまい。こちらにもいろいろと事情があるんだ」

山本は勢い任せでいったものの、内心はそうならないことを願っていた。

中里
.中里.

「俺が背負っていこうか?」

中里マリア
.中里マリア.

「ううん。それも大丈夫」

マリアは首を振った。中里はそれでも心配そうにマリアを見つめていた。

中里マリア
.中里マリア.

「それじゃあ、このケースだけ、持って行ってくれる?」

マリアは身長の半分ほどの長い真っ黒いケースを指さして言った。

中里
.中里.

「わかった。任せとけ」

中里はケースの紐に腕を通すと、背負うようにして持ち上げた。

山本
.山本.

「ドア枠に気を付けろよ」

山本が注意したときにはすでに遅かった。歩き出した中里は、ドアの枠にケースを軽くぶつけてしまった。

中里
.中里.

「うげ!ごめん!」

中里はマリアと山本を交互に見つめた。

山本はため息を漏らし、マリアは恐怖の中でも健気な笑顔を浮かべた。

マリアは、中里のことは気にせず、一歩一歩確実に歩みを進めることにした。

歩くことだけを考えていれば恐怖はまぎれると言い聞かせた。本当は、足を持ち上げる丈でも、不安で仕方がなかった。

中里マリア
.中里マリア.

「すいません。山本さん。先行っちゃってください」

マリアは、山本の方を向いて言った。山本としては、傍にいるべきとは思っていた。しかし、マリアの頑固さは、筋金入りであることを山本は理解していた。

山本
.山本.

「どうしても問題がある用ならば、この場で待機しろ。いいな」

山本はマリアの方をしっかりみて言った。マリアは、フラフラしながらもうなずいた。

中里
.中里.

「え!?それはどうなんだよ!ついてあげたほうが」

山本
.山本.

「中里、お前も先に行くぞ」

山本はそう言って中里の首根っこを掴んで引きずった。

中里
.中里.

「うげー!何するだぁ!」

中里は抵抗こそしたものの、山本に引きずられていった。

若い警官と山本、中里はそのままエレベーターに乗って屋上階の扉の前に立った。

若い警官
.若い警官.

「鍵を今開けます」

若い警官はそう言って、物理鍵を使って扉の鍵を開けた。

山本
.山本.

「今時珍しいな」

山本は、金属の物理鍵を見て言った。

若い警官
.若い警官.

「まぁ、屋上なんて普段使いしないものですし、セキュリティレベルを設定するのも面倒だからって言って、昔のままのが残ってる。って聞いてます」

若い警官は苦笑しながら言った。

若い警官
.若い警官.

「あれ?こっちだったかな・・・」

若い警官は鍵を開けるのに苦戦している。山本はジェネレーションギャップを感じて思わず笑みをこぼしてしまった。だが、その間にポケットかから懐中電灯を取り出すのも忘れなかった。

若い警官
.若い警官.

「ふぅ、開きました。すいません」

若い警官は冷や汗をぬぐいながら言った。

中里がドアノブを握って重い扉を開けた。

山本は、屋上に出るまえに、懐中電灯をつけてから、屋上に踏み出した。

中里
.中里.

「本当に懐中電灯が好きなんだな」

中里は山本の癖を見て言った。仕事において、夜間外出する際は、必ず懐中電灯をつける。

山本
.山本.

「別にいいだろ」

山本が歩きだし、中里がそれに並んで歩いていく。

中里
.中里.

「まぁ、別に。でも、アームフォンのライトだって結構明るいじゃん?」

山本
.山本.

「懐中電灯の方が、管理がしやすいんだよ。俺にとってはな」

山本は時代遅れで悪かったな、と中里に言った。その口ぶりは、とてつもなく大人げなかった。

中里
.中里.

「なぁんでそこまで怒るんだよ」

二人は第二ターミナル側の屋上の端まで来て足を止めた。

中里はその場所に、ケースを置いた。

山本
.山本.

「怒っちゃいねぇよ」

中里
.中里.

「いやいやいや・・・」

中里はツッコもうかとも思ったが、遠くで更なる破壊音がして会話を止めた。

先ほどに比べると、小さい音ではあるが、確かに何かが破壊された。

中里
.中里.

「今度はなんだ・・・」

山本
.山本.

「まったくわからんな・・・。何かが壊れたようだったが」

山本は申し訳程度に、懐中電灯の光を破壊音がした方に向けて言った。しかし、光は当然遠くまで届かず、ただ、中空をフラフラと照らすばかりだった。

中里マリア
.中里マリア.

「すいません。遅れました」

マリアが屋上に到着した。

中里と山本が振り返った。

マリアは無理やりにでも歩いてきたことで少しだけ生気を取り戻したようだった。

山本は、懐中電灯でマリアの足元を照らした。

中里マリア
.中里マリア.

「ありがとうございます」

マリアはゆっくりと中里達の居る辺りに歩んできた。

中里
.中里.

「また何か爆発があったようだ。位置としちゃあっちの滑走路の方だったな」

山本は、一応、マリアに少しだけ今見聞きしたことを離した。

中里
.中里.

「しかし、ここは全然襲われないな」

中里はやや退屈そうに下を眺めながら言った。

若い警官
.若い警官.

「本部は、別の場所に設置されましたからね。ここは、空港のことを良く知っているアドバイザー拠点と言うような扱いですから、あまり襲うメリットもないのでしょう」

警官は、すこしがっかりしているような口調で言った。山本に言わせれば、あてにされていないことに対する不満感だろう。山本は、その不満に、若さを感じた。

山本
.山本.

「警察署が本部だと、自衛隊との兼ね合いで問題が発生するということか。本部はどこに?」

山本は、なんとなくの興味で尋ねた。

若い警官
.若い警官.

「航空各社の整備工場付近です。」

中里マリア
.中里マリア.

「それは、E滑走路に近いという理由ですか?」

マリアはやや恐る恐ると言う風に尋ねた。

若い警官
.若い警官.

「それもありますが、本部を置くと、必然的に警備が厚くなるので、航空機への損害が少なくなる、という思惑だったようです」

ここにいる面々は知る由もないが、その本部もかなりの被害を受けていた。暴走した機械兵士は、本部に配備されていたものだったからだ。むしろ、下手に本部を置いたことが裏目に出たと言ってもいいだろう。

しかし、空港関係者の思惑としては、そこに可能な限り旅客機を退避させておけば、破壊されないと考えたのだった。

空港警察署の警官はため息まじりに苦笑をした。

若い警官
.若い警官.

「結局、ここにいても、この事件は蚊帳の外ですよ」

山本
.山本.

「その方がいいかも知れん」

山本は遠くを見つめたまま言った。

こんな大惨事に巻き込まれれば、今は無事でも、後始末が大変だ。メディアはこぞって警備主体を悪く書く。そうなれば、精神的に辛い日々が続くだろう。特に、この警官のような若者には、荷が重いだろう。

山本はふと気がついて下を覗き込んだ。

山本
.山本.

「阿川の奴、持ち場を離れているな。便所か?」

山本は、自分たちの乗ってきたパトカーの方を見つめてつぶやいた。パトカーの監視のために一人だけ車内に置いて来たのが阿川だった。しかし、当の阿川はパトカーにはいなかった。

山本
.山本.

「阿川・・・。持ち場を離れるときは連絡しろと・・・」

山本はぶつぶつ言った。アームフォンの方にも連絡の通知履歴はない。つまり、無断だということだ。

一方で、中里はマリアの方を心配そうに見ていた。

中里
.中里.

「マリア、大丈夫か?」

中里マリア
.中里マリア.

「うん・・・、でも、やっぱり、何か、感じるなぁ」

マリアは内心、暗い時間帯で良かったと安心していた。自分でもわかるほど、顔が青ざめている。なぜかは分からない。自分の奥底に居る何かが逃げたいと必死で叫んでいるかのようだった。

しかも、その感覚にはムラがある。不規則な恐怖の波が、マリアの心を落ち着かせることを妨げていた。

マリアはとりあえず近場の高台に軽く腰を掛けてゆっくりと呼吸を落ち着けようとしていた。

中里はマリアの様子を不安そうに見つめていたが、突如飛び上がった。突然キョロキョロとあたりを見渡し始めた。

山本
.山本.

「・・・来たのか?」

山本は中里のこの動作の意味をよく知っていた。時に悪魔と契約したともいわれる中里は、認知ができるのだ。彼の狩るべき対象の出現が。

中里
.中里.

「ああ。なんとなく、だけどな・・・」

山本
.山本.

「まだ出るなよ。でも、準備だけはしておけ」

山本は遠くを見て言った。

山本
.山本.

「向きは?」

中里
.中里.

「あっちの方だな」

中里が指さした先は、第二ターミナルの北端だった。

山本はそちらの方をジッと見つめてはみた。しかし、これと言った成果は発見できなかった。

中里
.中里.

「準備、していいんだな?」

中里は少し浮き浮きしながら尋ねた。今まで待たされていたせいで、戦えることにワクワクしているようだった。

山本はその態度をたしなめたい気持ちを抑えて、うなずいた。今は一刻も早く戦闘準備を整えるべきだ。

中里は、足元に置いたケースを持ち上げた。

中里
.中里.

「よーし、これを持ってきたかいがあったな」

中里はケースを開いた。その中には分解された狙撃銃が入っている。

中里
.中里.

「マリア、俺が組み立てるぞ?」

中里マリア
.中里マリア.

「うん。よろしくね」

マリアは、アームフォンのライトでケースの中を照らした。

中里は手早く分解されたパーツを組み立てはじめた。

大地と空を震わせる物音がした。

若い警官
.若い警官.

「こ、これが・・」

山本
.山本.

「出たな。視認した」

山本は短くつぶやいた。

ちょうど中里が指さしたあたりから、ネフィリムがゆっくりと体を立ち上げた。

若い警官
.若い警官.

「お、大きいですね・・・」

若い警官がネフィリムを見た感想をつぶやいた。

山本
.山本.

「ああ。あそこまで大きいのは珍しいな」

山本は淡々と答えた。

警備隊の照明がネフィリムに向けられる。しかし、照明の数が足りていないのか、ネフィリムの全形を照らし出すに至っていない。

中里は言うと、ネフィリムには一瞥もくれずにてきぱきと銃を組み立てていた。

あれほどネフィリムの出現を心待ちにしておきながら、いざ出現したときには一瞥もくれずに作業している。

山本は一度ネフィリムから目を逸らし、地上の駐車場を覗き込んだ。

山本
.山本.

「あの野郎め。このタイミングでまだ戻ってきていないのか」

山本と中里達が乗ってきた異存在対策課の車両はもぬけの殻のままだった。

中里
.中里.

「よし、完了」

中里は狙撃銃を組み立ておわった。

マリアは少しだけふらつきながらも、立ち上がって狙撃銃を受け取った。

中里
.中里.

「山本さん、狙撃銃、組み立て完了です。発砲は、発砲許可を待ちます」

山本
.山本.

「ああ。発砲許可はその都度、俺が出す。俺の許可した以上の発砲をおこなうな」

中里マリア
.中里マリア.

「わかりました。それまでは、中里浩のバックアップオペレーターを務めます」

山本はうなずいた。

山本
.山本.

「さて、あとは、本部経由の出撃許可を待つばかりだな」

山本は伸びをして言った。普段であれば、異存在対策課のメンバーによる承認だけで中里は出撃できる。しかし、今回の警備は、合同警備隊の管轄。警備隊からの出動要請を受けて、中里が出撃する。

山本
.山本.

「歯がゆい思いは俺も同じだ。耐えろ」

山本はウズウズしている中里に釘を刺した。

ネフィリムは暴れている。見境なく、手あたり次第と言うようにあたりに破壊をまき散らしていた。それを見ていることしかできない苦痛は今なお山本を苛む。

若い警官の支給アームフォンが通知音を出した。

若い警官
.若い警官.

「つなぎます」

若い警官がアームフォンで送信されてきたドキュメントを表示した。

中里
.中里.

「合同警備隊出動要請・・・!」

中里は満面の笑みを浮かべた。その書面は、定められた体裁で事細かに中里の出撃の許可に関する条項が記載されていた。

中里は早くも右耳に通信用のマイクフォンを付けた。マリアもそれに合せるように片耳用のマイクフォンを着ける。

山本
.山本.

「確認した。一刻も早くあの巨大ネフィリムを討伐しろ!中里マリアはこちらで射撃支援、中里浩、出撃許可!」

山本の掛け声と同時に、中里は文字通り跳びだした。

中里は屋上の縁を蹴り出すと、そのまま一気に落下していった。

若い警官
.若い警官.

「えぇ・・・!?」

若い警官は目の前で何の迷いもなく飛び出していった中里を見つめて驚きの声を上げた。

山本
.山本.

「ああいうやつなんだよ。アイツは」

中里マリア
.中里マリア.

「浩くんは・・・人間越えてますからね」

山本は苦々しく、マリアは苦笑しながら、中里のことを語った。

若い警官
.若い警官.

「あれが、新宿のエクソシストですか・・・」

若い警官は生唾を飲み込んで、屋上の縁を固く握りしめた。自分なら、ここから飛び出す勇気なんてないし、無事着地する自信もない。

山本
.山本.

「あんな奴を目指す必要はないからな。俺たち異存在対策課だってあんなことはできん。」

だから、外部協力者の中里に頼らなくてはいけないのだから。

山本
.山本.

「アイツは、特別だからな・・・」