羽田空港不時着 第11節


屋上から飛び出した中里は一瞬だけ、地上すれすれのところで減速して着地した。

それから、ネフィリムの方向へ何の迷いもなく走り出した。

駐車場のフェンスも軽く跳び越えて進んでいく。

警察署の屋上の若い警官は唖然としていた。

若い警官
.若い警官.

「今、何か・・・何が起きたんですか?」

困惑のあまり、若い警官は言葉を詰まらせながら山本の方を振り向いた。

中里マリア
.中里マリア.

「悪いが、ネフィリムが出現している最中だ。一々答えている暇はない。あとで教えてやる」

中里の能力に困惑するのは無理もない。中里の行動は身体能力では説明がつかない。空中を蹴る様にして落下を減速したのだった。

山本
.山本.

「マリア、どうだ」

マリアはまず、通信環境を整えていた。

中里マリア
.中里マリア.

「山本さん、浩くんと私との通話に招待いたしました」

山本
.山本.

「ああ、すまん」

山本はうなずいてアームフォンを操作した。空中に浮かぶ光のディスプレイを数回タッチすると、山本も通話に参加した。

山本
.山本.

「中里、聞こえるか」

中里
.中里.

「ああ、聞こえていますよ」

中里の声が通信機越しに聞こえる。ものすごい勢いで疾駆しているのが、マイクに紛れる風の音から伝わってくる。

山本
.山本.

「敵は超巨大ネフィリムだ。今までに例のない個体だ。どういうことかはわからないが、慎重を期せ」

中里
.中里.

「言われなくても、よくわかってるさ」

中里は山本のアドバイスなど無視するかのように言った。

山本としても、いちいちそんなことを言う必要が無いことは分かっている。中里の方が戦闘センスは上だ。

しかし、警察関係者として、中里の親代わりの人間として、何かを言わなければ、やっていられない。

山本
.山本.

「くそ・・・」

山本はマイクを手で押さえながら小声で悪態をついた。

一方のマリアは、山本を通信に招待した後、狙撃銃を構えた。

あれだけの巨体ともなると、精緻に狙わずとも、簡単に当てることができそうだ。

しかし、当てるだけではだめなのだ。効率よく狙わなくてはならない。そうしなければ、ネフィリムは不必要に苦しむし、弾丸の費用もかさむ。

しかし、本当に大きい。こんな狙撃銃の弾丸が通るのだろうか。もっと巨大な砲でも持ってこなればならないのではないかとマリアは不安になった。

中里マリア
.中里マリア.

「山本さん、今後、巨大砲を購入する予定ってあります?」

山本
.山本.

「俺にそんなこと聞くな・・・」

山本は唐突にマリアから飛んできた質問にうなだれた。

山本
.山本.

「おそらく、そんな予定はありません!今後あれ以上の個体が出るとしても、警察に砲級の威力を持つ武器を配備することに上層部が難色を示すのは明らかです・・・」

山本はブチブチ愚痴を言うように文句を垂れた。そもそも、そんなものを中里兄妹に持たせたら、ますます大変なことになる。

マリアは黙って狙撃銃のスコープを覗いた。

まるで昔と変わらない光学式スコープ。ネフィリムの巨体はまるでスコープに収まりきらない。

マリアはスコープから目を離した。

ただでさえ恐怖を感じているのに、スコープと言う狭い覗き穴から世界を覗いていると、見えないところから誰かに襲われそうで恐ろしかった。

この恐怖の中で心を落ち着けようとしていると、次第に、『流れ』を感じるようになってきた。

マリアは目を閉じてゆっくりと呼吸を落ち着けながら流れを探知しようとしていた。

人間の目では通常視認できない何かエネルギーの『流れ』。それを紐解いていくと、その『流れ』にいくつかの点が現れてくる。

この点が、山本のいうところの『特別』なのだろう。

中里マリア
.中里マリア.

「・・・っ!」

マリアは思わず目を見開いた。一番近い点は中里思だと思っていた。しかし、中里の点を見つける前に、別の3つの点が現れていた。

一つからは心の痛みを感じる点。残る二つは、どちらも破壊を感じる。

マリアは山本に気取られない様に、そっとその点の位置を確かめようとした。

山本
.山本.

「どうかしたか?」

山本はマリアの動きを素早く察知して、声をかけてきた。

中里マリア
.中里マリア.

「い、いえ、大丈夫です」

マリアは内心焦りながら首を振った。これ以上、山本に心配をかけたくはない。それに、中里に心配されるのはもっと申し訳なかった。

山本
.山本.

「何かあればすぐに報告しろ」

山本はすぐにマリアから目を離して、ネフィリムの方を見つめた。

マリアは諦めて、この『流れ』を視るのを辞めた。おそらく、このまま続けていれば、恐怖の正体を暴くこともできたのかもしれない。

しかし、そのためにまわりに心配をかけるわけにはいかない。しかも、もし点を詳しく視ることで、相手から検知されたら更なる恐怖に身をさらすことになっていただろう。

マリアはそうならなくて良かったのだと自分に言い聞かた。そして、スコープこそ覗かないものの、ネフィリムの動きに集中していた。

中里は走ってネフィリムの方へと近づいていく。近づくほどにネフィリムの大きさを実感する。

中里
.中里.

「本当にでっかいなぁ・・・。どうやって捌いていくか・・・」

中里の得物はサーベル。長くも短くもないごく普通の80㎝程度のサーベルだ。

それで10メートルもある怪物を捌かねばならないのだ。少し時間がかかるかもしれない。

幸いにして、警察署周辺には比較的開けているところがある。その辺りに誘い込んで、戦闘を行おう。

中里は、警備隊員の人垣を見つけると、思い切り飛び上がった。

あたりを少し見渡してから、服装が一人だけ違う人物のところに飛び込んだ。

中里
.中里.

「中里です!到着いたしました!」

中里は着地するや否や大声で言った。

警備隊員は、突然空中から落ちてきた中里を見てギョッとしたような表情を浮かべた。

永倉
.永倉.

「お前が中里か」

中里が見つけたのは地区の警備隊隊長の永倉だった。

中里
.中里.

「ええ、そうです」

中里はアームフォンでIDを表示することもなく、うなずいた。

永倉
.永倉.

「お前には即時対応を求める」

中里
.中里.

「言われずとも。放水を止めて、距離を置いてくれ。あとは俺がやる」

中里はサーベルを抜いた。

永倉
.永倉.

「各位に伝達。中里が出撃する。放水を停止し、一度後退しろ!」

永倉は通信機に向かって言った。

ネフィリムを取り囲んでいた対異存在想定車両の放水が止まり、ゆっくりと包囲が解消されて行く。

永倉
.永倉.

「よし、それでは行け」

中里
.中里.

「あいよ」

中里は軽く返事をした。それから、目を閉じて、祈りの言葉を唱えながら歩き出した。後退する異存在想定車両の間をすれ違うように歩いていく。

永倉の目にはすべてが異様な光景だった。自衛隊ですら対処しきれない巨人を、一人の少年が、祈りを唱えながら、サーベルで対処する。

これが21世紀の出来事なのだろうか。科学技術は進んだのではなかったのか。科学は人を平等にしたのではないのか。英雄の時代は終わったのではないのか。

そんな思いが渦巻いていた。

その一方で、自分が天使と言う存在を当たり前に受け入れている矛盾にまでは考えが及んでいなかった。

中里は祈りの言葉を終えると目を開けた。

中里
.中里.

「本当にデカいな・・・。周辺被害とか・・・考えてられないかもな・・・」

中里はサーベルを構えた。

ネフィリムは更なる放水を恐れてか、異存在想定車両を潰そうとしている。

まずは中里の方に気を引く必要がある。

中里は、滑る様にネフィリムとの間合いを詰める。

そして、巨人の背後に回ると、飛び上がった。

狙うはネフィリムの膝裏。いまだかつてないネフィリムの性能はどれほどなのか分からない。

だが、関節まわりは守りを固めきれない。まずはそこを狙う。

中里は思い切りネフィリムの膝裏に切りつけた。

ネフィリムの肉はいともたやすくサーベルによって切り裂かれた。

中里
.中里.

「うわ!!」

山本
.山本.

「どうした!」

中跡が挙げた叫び声に山本が反応した。

中里
.中里.

「血を浴びた!結構大量出血だったから、血まみれだ!」

中里はわめいた。しかし、わめいて居られる程度の被害で済んでいるのなら大したことではない。

中里は血を吸って服が重くなったせいで、思うように着地できず、地面に崩れるように落ちた。

しかし、そのまま転がって間合いを広げることだけは怠らなかった。

ロングコートを脱ぐわけにはいかない。しかし、中里の服は全身血を吸ってかなり重くなっている。

ネフィリム
.ネフィリム.

「ぐぎゃあああああああああああ!!!」

ネフィリムの甲高い叫び声が響き渡る。

ガラスや薄い樹脂がバキバキと砕け散っていく。

中里
.中里.

「今更叫びやがった!神経遅れてんじゃねぇのか?」

中里は転がりながら吠えた。転がって体重で少しでも服を絞って血の影響を低下させたい。

中里はやっと少しずつ立ち上がった。

中里
.中里.

「やれやれ。機動力が大分低下するな。めんどくさいなぁ」

中里はブツブツと文句を言った。

山本
.山本.

「中里、ネフィリムについて報告しろ」

中里
.中里.

「一撃喰らわせてやった。ダメージは少ないだろうが、奴の肉質は柔らかい。サーベルや狙撃銃で十分削れるはずだ」

中里はネフィリムから目を離さずに、通信機で山本に報告した。

中里
.中里.

「俺の攻撃と狙撃によるサポートで警察署側の空き地に誘い込みたい。戦闘はそれからだ」

これ以上、空港施設を破壊されてはたまらない。

あの肉質の拳では空港を破壊しても、ネフィリム自身が無傷ではいられないだろう。だが、たとえ傷が己の行為から生まれた物であろうと、苦痛が怒りを産み、怒りは破壊を産む。

中里
.中里.

「叫び声だけでも結構な威力だ。とにかく、ここから引き離す。早く発砲してくれ」

中里は通信機に向かって切羽詰まったように言った。

ネフィリムは痛みで呻き声を上げているが、中里を発見できていない。

自分の前にある、先ほどまで自分に攻撃を加えてきた対異存在想定車両の方に手を伸ばしている。

中里
.中里.

「まずい!間に合うか!」

中里はネフィリムの背後から、手の方まで駆け抜ける。

中里マリア
.中里マリア.

「発射!」

通信機越しに山本の声が中里の耳に届く。

中里が走りながら、目をネフィリムの頭部に向ける。

弾丸がネフィリムの頭部に命中していることが、中里の視力で確認できた。

しかし、痛みこそ感じているものの、やはり、ネフィリムは攻撃された方角を上手く認識できていない。

中里
.中里.

「まだだ!まだ要る!」

中里は焦ったように言った。弾をケチっていては対異存在想定車両が投げ飛ばされるのは時間の問題だ。

中里はそれでもなんとか対異存在想定車両とネフィリムの手の間に割って入った。

中里
.中里.

「間に合った!」

思い切りサーベルを投げつける。

ネフィリムの手にサーベルが突き刺さる。しかし、まだ浅い。

中里はネフィリムの手めがけて飛び上がる。

それから、肘でサーベルをネフィリムの手に打ち込んだ。そこで、ネフィリムは反射的に手を跳ね上げた。

中里
.中里.

「さぁて、ここからが本番だぁ!」