羽田空港不時着 第14節


ウルヴェルヌにネフィリム討伐の出撃許可が下りた。

しかし、榎倉はと言うと、目立つわけにもいかず、待機となった。

榎倉
.榎倉.

「出撃したい気持ちはあるんだがなぁ。本気でドンパチやるわけにもいかないし」

榎倉は未練がましく言ったが、ウルヴェルヌは粛々と準備を続けていた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「これを持っておいてくれるか?」

ウルヴェルヌは榎倉に装備品のボックスを渡した。装備品をボックスを担いだまま、巨体と戦闘するわけにはいかない。

榎倉
.榎倉.

「武器は何で行くんだ?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「通常装備で行く」

通常装備。それは、ウルヴェルヌがいかなる状況においても携行を許可される基本武装のことだ。

だが、通常装備と言う名前に騙されてはいけない。その性能は、装備品のボックスに入っているいかなるものよりもはるかに高い。

前代未聞の巨大ネフィリムに対抗するためにはこの通常装備で行く必要があるとウルヴェルヌは判断したのだ。

つまり、それが意味するところは

榎倉
.榎倉.

「専用兵装出撃。本気ということだな」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ。ここまで特例を出されて、醜態をさらすわけにはいかない。慣れた物で、行かせてもらおう」

そうはいっているが、おそらく、でもストレーション的な意味合いもあるのだろう。中里をしのぐ強力な天使が来日したと。

榎倉
.榎倉.

「デモストだけに気を取られるなよ」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「当たり前だ」

榎倉はうなずいた。ウルヴェルヌはやってくれる。榎倉は信じていた。

ウルヴェルヌは袖口からワイヤーの着いた鉄球を引っ張り出して、握った。

さらに、ウルヴェルヌはジャケットの内ポケットから、剣の柄を手に取った。

彼が最も得意とする武器。それは、光の剣。如何なるものをも切断し、邪を払う聖なる剣。

そして、それをサポートするのが鉄球。攻撃や妨害、ワイヤーを巻き取る機構でウルヴェルヌの移動をサポートする役割も果たす。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「天界府戦闘機関大天使ウルヴェルヌ!出撃する!」

ウルヴェルヌは大声で行った。

そして、即座に異存在対策車両の隙間からネフィリムに近づいた。

中里は今なお暴れるネフィリムに翻弄されながらも体をチクチクと切りつけている。

巨大存在を想定していない中里の兵装ではちょっとずつダメージを与えていくしかない。

しかも、狙撃支援はこれ以上は期待できない。想定外のため、撃ちきってはいけないからだ。

中里
.中里.

「なかなか討伐とはいかないな・・・」

このネフィリムは決して強くはない。しかし、そのサイズの効果でただ殺しきることができずにダラダラと時間がかかってしまっている。

大した戦闘でもないのに時間ばかりかかって汗も止まらないし、息も上がりっぱなしだ。

警備隊側の視線も次第にいらだちに変わってきている。中里としてもイライラし始めていた。もっと何か別の手立てが必要なのかもしれない。

そう思った時、深紅の人影が中里の脇をかすめてネフィリムに突っ込んだ。

視界の隅から突如飛び出してきた人物が、一体誰なのか、中里には前もって分かっていたかのような気分だった。

中里
.中里.

「ウルヴェルヌ!」

中里は唖然として言った。

ウルヴェルヌは何の迷いもなくネフィリムへ間合いを詰めていく。

中里は少しだけ間合いを広げた。

ウルヴェルヌはネフィリムを見上げた。

大きい物の、ひたすら中に切り込み続けていけば殺せる。

ウルヴェルヌの握っていた剣の柄から、淡く輝く青い光の刃が生み出された。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「斬る!」

ウルヴェルヌは突進した。

中里はその様を唖然としてみていることしかできなかった。

ウルヴェルヌは鉄球を投げる。

鉄球はネフィリムの胸の肉に突き刺さると、アンカーを出し、固定された。

ウルヴェルヌは鉄球につながるワイヤーの巻取り機のスイッチを押す。

ウルヴェルヌの体が一気にネフィリムの首の方に接近する。

そして、ウルヴェルヌの体が胸元に着た瞬間。

ウルヴェルヌは思い切り剣を振った。

ウルヴェルヌの剣の刃渡りは決して長くない。

しかし、その如何なるものをも抵抗なく切り裂く鋭い刃がネフィリムの首を抉り斬る。

ネフィリムの胸から思い切り体液が噴き出す。

ウルヴェルヌはそのまま剣を切り降ろる。

目にもとまらぬ素早さでさらに切り上げる。

ウルヴェルヌの素早い剣戟でネフィリムの胸に穴を斬り開けていく。

中里はそれを見ていることしかできなかった。

天使ではなく、もはやそれは修羅の如くネフィリムの胸を斬り進んでいく。

ウルヴェルヌはネフィリムの体液にまみれていくことも気にせず、胸を斬り進んでいった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「うおぁああああああ!!」

ウルヴェルヌは吠えながらネフィリムの心臓を光の刃で貫いた。

ネフィリム
.ネフィリム.

「イキャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

ネフィリムが子供の様に絶叫を上げた。

心臓が怒涛の勢いで血を噴き出す。

ウルヴェルヌは飛び上がったが、血の勢いに飲まれ、更に上空に放り出された。

血液を吸って服が重くなっていたウルヴェルヌは地面に投げ出されるように着地した。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「はぁ・・・はぁ・・・」

全身血まみれで血の沼に浸かってきたかのようなウルヴェルヌを、中里は見守ることしかできなかった。

ゴーグルもなしに、あそこまで勢いよく突っ込むことは中里にはできない。

中里とて決して少なくない血を浴びている。それだって常人ならためらうだろう。

ウルヴェルヌは中里以上に何のためらいもなく突っ込んで行ったのだった。

ウルヴェルヌは立ち上がりながら、中里に厳しい視線を向けた。

中里は唇をかんだ。何を言われるのかと、つい身構えてもしまった。

しかし、ウルヴェルヌは戻っていった。重くなった服で重くなった足取りはしっかりとしているとはいいがたがったが、中里に一瞥もくれずに歩き出した。

中里
.中里.

「おい!」

中里は思わずウルヴェルヌに声をかけてしまった。

しかし、ウルヴェルヌはゆっくりと振り向いて、まるで中里を咎めるような眼を向けるだけだった。それから、やはり何も言わずにもと来た方へと歩いて戻っていってしまった。

戻ってきたウルヴェルヌを榎倉はギョッとしたような顔で出迎えた。

榎倉
.榎倉.

「派手に血まみれだな」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ」

ウルヴェルヌは重々しく言った。ことが重大と言うわけではなく、口を開けるのも大変なのだ。

榎倉
.榎倉.

「とてつもなく臭い」

ウルヴェルヌはげっそりとした表情を榎倉に向けた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「おい、日本の警備隊の連中もいる前でそんな顔すんな」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「仕方あるまい。気づかれんさ」

確かにウルヴェルヌの顔は血まみれだし、照明があるとはいえ、影に入ればすっかり夜の闇だ。よほど凝視しなければ、ウルヴェルヌの表情も分からない。そして、天使の顔を凝視する勇者などいない。

榎倉
.榎倉.

「それじゃ、いくぞ」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「いや、待ってくれ」

ウルヴェルヌは榎倉を手で制止した。

榎倉
.榎倉.

「まだ何かするのか?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ」

ウルヴェルヌは短く返事をすると、少し速足で歩きだした。

榎倉はその場にとどまって見送った。

ウルヴェルヌは警備隊の隊列の方に歩いて行った。警備隊員たちは、誰に言われるでもなく道を開けた。ネフィリムの体液にまみれた天使に近づきたくはなかったからだ。何より臭い。

ウルヴェルヌは日高の前で立ち止まった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ご協力、ありがとうございました」

ウルヴェルヌは深々と頭を下げた。

それから、急な頼みについて詫びを入れ、ウルヴェルヌはさらに頭を上げた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「本日はこれにて失礼いたします。あなた方の警備と協力に感謝いたします」

日高
.日高.

「え、ええ・・・。あなた様が無事で・・・何よりです」

戦場に突っ込んでネフィリムの体液をぶっ被るのが無事かどうかは日高にとっても判断がつきかねた。しかし、他に適切な言葉も思いつかなかったので、戸惑いながらも、そのように言った。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「それでは、これにて失礼いたします」

ウルヴェルヌは最後にもう一度、お辞儀をして、警備隊員たちから離れた。

そして、すぐに榎倉の元に戻った。

榎倉
.榎倉.

「用は済んだか」

榎倉はウルヴェルヌが戻ってくるのを見て、並んで歩きだした。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ、あとは極東官庁の迎えと合流し、ここから脱出するだけだ」

榎倉はそれをきいて顔をしかめた。

榎倉
.榎倉.

「その格好のまま、車に乗るのか?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「仕方あるまい」

ウルヴェルヌは淡々と言った。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ほかに着るものもない」

榎倉
.榎倉.

「臭いけど」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ」

二人の間を冷たい風が吹き抜けた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「こればかりはどうしようもないからな」

ウルヴェルヌはすっぱりと割り切っているようだった。

しかし、同乗する榎倉はそんな現実を受け入れたくはなかった。死にかけたからだとはいえ、臭い物は臭いのだ。外付けの嗅覚センサーは榎倉の脳に異臭につき対策を講じろと命じていた。

榎倉
.榎倉.

「なぁ、極東官庁。シャワーとか、つかえないのか?あと、店舗でスーツを後払いでもってっちゃうとか」

榎倉は出国ゲートの辺りにあった免税店のことを思い浮かべながら言った。

オペレーター
.オペレーター.

「店舗の商品の取り扱い権は各店舗にあります。非常事態とはいえ、警備隊や極東官庁から店舗へそう言った要請を行うことはできません」

榎倉
.榎倉.

「・・・店の物は店の物。まぁ、その通りだけどもよ・・・」

オペレーター
.オペレーター.

「ですが、ウルヴェルヌ様の衣類に関しては、極東官庁の迎えの方で、既にご用意しております」

榎倉
.榎倉.

「おお!・・・ってあれ・・・ってことは」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「第三ターミナルまでこのままということだな」

ウルヴェルヌはうなずいた。

榎倉はウルヴェルヌをじろじろと見つめた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「隙あらば俺を見つめて咎めるのは止めろ」

榎倉
.榎倉.

「仕方ないでしょ!俺が一瞬でも咎めるのを止めたらお前、そのまま車乗るでしょ!」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「極東官庁の方で対策を用意してくれているということだ。そうはならん」

榎倉
.榎倉.

「それまでの間の話だよ!」

オペレーター
.オペレーター.

「それについてですが、警備隊に許可を得て、迎えの車を第2ターミナルまで向かわせております。なので、そのままお待ちください」

榎倉は大いにホッとした。