羽田空港不時着 第15節


ネフィリムがウルヴェルヌに倒された直後、中里は呆然と突っ立っていた。

中里は呆然としながらも、動かなくなったネフィリムの体を見つめていた。

対異存在想定車両が動き出し、中里の脇を通り抜け、ネフィリムを取り囲んでいく。

あのウルヴェルヌここまで強いとは、思ったことがなかった。そのせいで、胸を抉られたネフィリムを見つめると、それが現実とは思えなかった。

いや、正確には自分が弱かったわけでも、ネフィリムが強かったわけでもない。ただ、サイズによる影響が、大きかっただけなのだ。

中里が考え始めていたところに、通信機越しに山本の声が飛んできた。

山本
.山本.

「おい!中里!」

そこで、中里は我に返った。

中里
.中里.

「あ!あぁ?!山本さん、終わったぜ。悪い。報告してなかったな」

山本
.山本.

「「それは見ればわかる。ウルヴェルヌ・・・様が手を出してきたようだったが、俺の視間違いじゃないな」

中里
.中里.

「ああ。アイツがとどめを刺した」

山本はため息をついた。

山本
.山本.

「「分かった。現場指揮官から許可を得たら戻って来い。細かい話は後だ」

中里
.中里.

「了解。少し時間かかる。血が重いから、歩いて帰る」

中里は全身血まみれになり、血を吸って重くなった服を振った。

それから、トボトボと歩き出した。

中里がやってくる直前の喧騒が嘘だったかのように、今、空港は静かだった。

時折、警備隊員たちが襲撃者たちを拘束していたが、それも、先ほどの乱痴気騒ぎに比べればずっと静かだ。

中里はあたりを見まわした。ネフィリムによって道路は陥落し、空港ターミナル施設も半分が破壊された。

だが、それでも、中里は自分の一番大切なものは守ることができた。だから、中里は、それでいいんだと自分に言い聞かせた。そして、報告の為、警備隊の方へと歩き出した。

中里との通信を切った山本は険しい表情で舌を噛んで感情を抑えようとしていた。

山本
.山本.

「これはどういうことだ・・・?」

山本はそれだけでは感情を抑えきれず、イライラした様子で、屋上をウロウロし始めた。

マリアは動かなくなったネフィリムを見て、狙撃銃から目を離した。

マリア
.マリア.

「ウルヴェルヌさん・・・強かったですね・・・」

山本
.山本.

「ああ」

マリアはなんとか間を持たせようと山本に言葉をかけたが、山本は考え事で頭がいっぱいでそれどころではなかった。

山本
.山本.

「一体どういう状況なんだ・・・」

若い警官
.若い警官.

「あの・・・少し、よろしいですか?」

山本
.山本.

「なんだ」

若い警官は苛立った山本にしり込みしながらも声をかけた。山本の態度は丁寧とは言えなかったが、若い警官はそれでも自分がすべき報告に努めた。

若い警官
.若い警官.

「署長から連絡がありました。ウルヴェルヌ様のネフィリム交戦権を今回に限り認められた、と」

山本
.山本.

「なんだと・・・!?」

山本は怒りで表情をゆがめた。

山本
.山本.

「首相だと・・・?室町首相・・・」

山本は露骨に不服そうにつぶやいた。

山本
.山本.

「あのクソ野郎が・・・」

山本はいまや本音を垂れ流している。怒りで自制を忘れている。

マリア
.マリア.

「山本さん」

マリアは凛とした声で言った。山本は怒りで歪んだ顔で振り返ったが、マリアの迷いのないまなざしを見てすぐに怒りの表情を納めた。

山本
.山本.

「すまない・・」

山本は落ち着きを取り戻した声で言った。首相はクソ野郎だが、それをここで吐き捨てていても仕方がない。

若い警官
.若い警官.

「その・・・私には何のことか・・・ネフィリムが倒されたのはよいことでは・・・」

マリア
.マリア.

「確かに、ネフィリムが討伐されたこと自体は望ましい事なのですが、政治的背景がありまして・・・」

マリアはそこまで言って山本の方を向いた。

山本
.山本.

「俺から説明しよう。ネフィリム及び日本国内の悪魔に対する処置は、基本的には警察庁異存在対策部、あるいは各警察本部に設置されている異存在対策課の連携によってこれに当たるとされている。これは警察法に定められた、俺たち警察の任務だ」

山本は一切のよどみなくこれを説明した。まさに、この法を作る際に尽力した最大の功労者が山本であり、その法の記憶と理念は誰よりも山本が理解していた。

山本
.山本.

「さらに、この法は特別で、こいつを作るため、天界府と日本は条約を締結している。それが、悪魔討伐に関わる特例条約、スリランカ条約第219号だ。」

基本的に悪魔の対処は天界府が責任を負い、人類はそれに手出しすることを禁止されている。その法の例外と特例を認めたのが、スリランカ条約219号だ。

内容は、日本国内の悪魔討伐は日本国が責任を負うというものであり、つまり、悪魔狩りについて日本国政府は独自行動を認められているのだ。

山本
.山本.

「ま、この条約が効力を発揮するには、日本が有効な対悪魔戦力を保持していることが認められるという条件がついているがな」

マリア
.マリア.

「現状では中里浩と私がその戦力という認定を受けています」

マリアが話に割って入って補足をした。

山本
.山本.

「だが、非常事態なのを良い事に、この法と条約を首相判断で違反し、ウルヴェルヌをネフィリム討伐に参加させたんだ」

若い警官
.若い警官.

「でも、ウルヴェルヌ様はもともと日本国内の悪魔討伐の為に来日されたとかでは・・・」

山本
.山本.

「そう。その時点で、一定の譲歩はしているんだ。だが、その譲歩の段階で、ネフィリム討伐だけは、日本が対応するという合意がなされている。今回、ウルヴェルヌも首相もこの合意に違反したということだ」

若い警官は静かになった第2ターミナルの方を見つめた。

ウルヴェルヌのおかげでネフィリムは鎮圧された。しかし、その行為の背後では、様々な事情が動いていて、ウルヴェルヌはそれを無視するかのように動いた。

若い警官は、ありきたりなことだが、正義とは難しいと感じずにはいられなかった。

山本
.山本.

「ただでさえ、天界の法の例外を認める条約の上に成り立つ法律を捻じ曲げる合意をしたっていう、異常に異常を重ねた事態だ。緊急時だけとはいえ、その異常をさらに積み上げられたら、制度そのものの意味がない」

山本は頭を掻きながら、忌々しげに言った。

山本
.山本.

「天界は、法を布くが、その実行において自らに特例を適用し、それを運用する。」

若い警官
.若い警官.

「それでは、あまり法の意味がないのでは・・・」

山本
.山本.

「そういうことだ」

山本は舌打ちしながら言った。

しかし、それは余りにも穿った見方だ。天使や悪魔と比較的近い立場で仕事をしているからこそ、そう言うように見える場面が多いだけで、基本的に天界府はシステムに従って粛々と処理をする機関だ。少なくとも、マリアはそのように感じていた。

山本とマリアは黙った。その時、若い警官は今まで尋ねられなかったことをついに尋ねた。

若い警官
.若い警官.

「なぜ、中里さんは・・・あんな力を・・・?」

中里は何もない空中を蹴って、幾度となく飛び上がっていた。そして、時に滑る様に走り、人ならざる動きをしていた。

山本
.山本.

「あいつは悪魔の翼を授かっているんだとさ」

若い警官
.若い警官.

「え?」

山本の唐突な回答に若い警官は顔をゆがめた。

山本
.山本.

「お前のその反応は当然だ。悪魔の力であんなことができるなんて、まさにファンタジーだからな・・・」

天界府に所属する人々は『天使』と自称し、『天使』と呼ばれている。しかし、天使と言えども、不思議な力を振るう存在はほとんどいない。

若い警官
.若い警官.

「そんな、ファンタジーみたいなことが・・・?」

山本
.山本.

「さっき見たファンタジーみたいな動きの説明がファンタジーじゃ不足ってのは分かる」

だが、悪魔対策の第一人者である山本ですら、具体的な答えを持っていなかった。

山本
.山本.

「だが、居るんだよ。中には飛んでもねぇ力を持った天使や悪魔ってのが・・・」

マリアはそれを聞いてつい身震いをしてしまった。落ち着かなくてはいけない。今は狙撃銃を持っているのだ。それなのに身震いしている場合ではない。狙撃銃を分解し、ケースに戻さなくては。

若い警官
.若い警官.

「山本さんは・・・ご存じなのですか?」

山本
.山本.

「いいや。俺もそんな力を振るうやつを実際には見たことはない。まぁ・・・、今の中里を見れば、規格外のバケモノが居るんじゃないかって、そんな気になるだろ?」

山本としても、見たことのない物の存在を信じるというのは難しい事だった。しかし、今までの人生で幾度となくそう言う警告をする人物と出会ってきた。だから、それに対抗できるようにと今まで努力してきたのだ。

山本
.山本.

「あのネフィリムだってそうだ」

山本は照明で照らされているネフィリムの巨大な死体を指さして言った。

若い警官
.若い警官.

「ネフィリムってなんなんですか?」

山本
.山本.

「分からない」

山本は今まで異存在対策課の一員として、何体ものネフィリムの討伐に立ち会ってきた。何度も捜査や解析を続けてきた。しかし、その正体は未だに不明だった。

何回も天界府に検体を提出してはいる。しかし、そのたびに回答を有耶無耶にされてきた。なので、今はもう天界府に検体を提出することは諦めてしまった。

今でも、政府はネフィリムの遺体の検体の提出を事細かに要求してくるが、それによって成果が得られたという話も聞かない。

結局、多大なコストを費やして調べてはみたものの、ネフィリムとは何なのかはよくわからない。

しかし、ネフィリムが天界府出現以前の科学では理解できない存在であることは間違いなかった。

若い警官
.若い警官.

「なぜ子供たちが、ネフィリムの討伐をするのですか?」

若い警官は慣れてきたのか、少し突っ込んだ質問をするようになってきた。

山本
.山本.

「それは、『力』があるからだ。特殊存在であるネフィリムの肉体に攻撃を加えられるのは・・・祈りの力、聖なる力、神の力、そういったものを確実に使いこなせなければならないからだ」

若い警官
.若い警官.

「・・・つまり・・・」

山本
.山本.

「さっきから言っている通り、ファンタジーな力だ」

山本はあっさりと言い切った。

放水でネフィリムを抑え込むことは可能だ。

閃光でネフィリムの視界を潰すことは可能だ。

熱でネフィリムの肉体を焼きつぶすことは可能だ。

だが、それらはすべて時間経過で回復してしまう。あっという間に。

山本
.山本.

「ネフィリムには、神の力でしか対抗できんのだとさ」

山本は忌々し気に言った。そんなワケの分からないものに頼らざるを得ないのは、一警察官として気に入らなかった。

聖なる力はネフィリムの回復力を超える。祈りの力を込められた武器はネフィリムの体を切り裂く。山本はそんな説明を聞いても一度として納得できなかった。聞くたびに馬鹿馬鹿しいと思った。

しかし、異存在対策政策に則ってその力の源を解析しようとあらゆる手を尽くしたが、無駄だった。どうしても上手く行かなかった。

それなのに、中里もマリアもその力を平然と使いこなす。

山本
.山本.

「だからあいつらはローマからこうも呼ばれるのさ。奇跡の子ってな」

山本はため息をつきながら漏らした。

山本
.山本.

「そして、俺たち大人はそんな奇跡の力に頼らなきゃ、悪魔を倒すことすら出来ねぇんだ」

山本は吐き捨てるように言った。

マリアはその山本の言葉をずっと黙って聞いていた。

山本
.山本.

「そして、天使や悪魔ってのは、俺たちが思っている以上に普通の存在ではなく、ファンタジーな存在なんだよ」

山本は舌打ちをして言った。

山本
.山本.

「だから、俺はあいつらをまとめて『異存在』と呼ぶのさ」

山本は、心底忌々しそうにそう言った。そして、その言葉は、山本にとって天使も悪魔も同じ、人類の敵であるということをにおわせていた。

しかし、若い警官はそのにおわせをそれ以上追及する勇気はなかった。

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