羽田空港不時着 第4節


ウルヴェルヌが指揮官の姫路に求めている事項は単純な事だった。自分を戦闘に参加させてほしいということだけだ。

単純だが、難しい事であると理解はしている。武器規制の厳しい日本国内で、天使とはいえ、特権的に武器の使用を認めることになるのだ。ここでの判断が歴史的判断になりかねない。

そう考えると緊張してしまうのは仕方がない。しかし、それを決めるために指揮官が居るのだ。それを決められない人物に指揮権を渡すなどあり得ない。ウルヴェルヌはそう考えていた

姫路
.姫路.

「その、申し訳ありません・・・えー・・・、その・・・」

姫路はうめくばかりで、決断できずにいる。

すると、警備本部の奥の方から、通信機越しから呼びかける声があった。

男性 - 通信
.男性 - 通信.

「少しよろしいでしょうか」

警備隊員
.警備隊員.

「緊急対策指揮本部から通信です!」

向こうの方から、警備隊員の一人が大きな声で言った。

通信 - 男性
.通信 - 男性.

「ウルヴェルヌ様をこちらに、お連れしてください」

通信機越しの同じ声が指示を出した。

姫路
.姫路.

「こ、こちらへ・・・」

姫路は、ウルヴェルヌの進むべき方向を手で案内した。

ウルヴェルヌは勢いよく進んでいった。

姫路
.姫路.

「お連れの警備の方も・・・」

榎倉
.榎倉.

「いえ、私はここで」

榎倉は、普段とは打って変わって、機械のような淡々とした声と動作で、断った。

そして、ウルヴェルヌと姫路は、奥の方に行ってしまった。

榎倉は、直立不動の姿勢のまま、小さくため息をついた。

今は、ただの変哲もないエノクラモデルの人造天使のふりをしていなければならない。だから、ため息も小さくつかなくてはならない。

榎倉がため息をついた理由は、ウルヴェルヌの丁寧な姿勢を見るたび、榎倉は緊張したからだ。

榎倉にとって、人間相手に礼を尽くそうとしているウルヴェルヌは無理やりに憎悪を押し殺しているように見えた。

自身の上官である天使たちを相手にし、居住まいを正している時には、そんなことを感じない。

しかし、特に今回は、いつになく苛立っているようにも感じた。

榎倉
.榎倉.

「・・・人間相手には礼を尽くすまでもない、とか内心考えてるんだろうなぁ」

榎倉は、直立不動のまま、ぼやいた。人間の心理など、彼に説いても無駄なのだろう。

警備本部の奥へ連れられた、ウルヴェルヌは、立体映像の前に立った。

立体映像で映し出されていたのは、日本の閣僚達だった。皆、なぜか、作業着のようなものを身にまとっていた。

姫路
.姫路.

「ウルヴェルヌ様をお連れいたしました」

姫路が、映像に向かって報告すると、閣僚達は、一同揃って申告そうな表情をウルヴェルヌに向けた。

墨田
.墨田.

「オンラインで失礼いたします。我々、羽田空港警備特別緊急対策本部です。私が、首相の墨田です」

まず最初に、首相が口を開いた。先ほど、通信機越しに姫路に呼びかけたのは彼なのだろう。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「お初にお目にかかります」

ウルヴェルヌは頭を下げた。

墨田
.墨田.

「こちらが、防衛省、久木・・・」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「首相、無礼を承知で申し上げますが、閣僚全員の紹介をしていただかずとも結構です。私からの要求事項は、本戦闘に、私も参加させていただきたいという一点です」

ウルヴェルヌは首相の言葉をさえぎって淡々かつ簡潔に自分の要求事項を伝えた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「本件に関しまして、私が戦闘行為に参加したことは公表していただかずとも結構です。何か私の方で行った行為及び結果にご不満がございましたら、公表していただいても結構です」

それから、ウルヴェルヌはすでに、戦闘行為として、テロリストの戦闘ドローンと警備本部から出現した自走式機械兵と戦闘を行ったことを伝えた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「私としましても、この戦闘の一刻も早い収束が望ましいと考えております。それに対して、私も協力させていただければ、と存じます」

ウルヴェルヌは閣僚達の立体映像に囲まれながらも、淡々と自分の意見を述べた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「なにとぞ、ご決断を。日本国政府に悪いようにはいたしません」

ウルヴェルヌは深々と頭を下げた。

しばし、沈黙の時間が流れた。ウルヴェルヌは、その沈黙にいら立ちを感じた。今、どれほど悩んでも最善解は出ないのだ。天使が頭を下げたという事実だけでも驚くべきものなのだ。

それが理解できない相手に、いつまでも下げて居られるほど、ウルヴェルヌの頭は安くはない。ウルヴェルヌが顔を上げようとしたとき、首相が決断をした。

墨田
.墨田.

「分かりました。この羽田空港内での戦闘行為を認めます。ただし、収束が見られた場合には、直ちに、羽田空港を離脱、極東官庁へ向かってください。これは、事態の混乱を、長時間継続させないための措置です。構いませんね?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「かしこまりました」

ウルヴェルヌは改めて頭を下げた。今回は、先ほどよりもよほど浅い、軽い会釈程度であった。

ウルヴェルヌは、それから、姫路の方を振り返った。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「現状について、教えていただけないでしょうか」

姫路
.姫路.

「は、はい」

姫路は、慌てたように返事をした。しかし、それでもすぐにウルヴェルヌを別の場所に案内した。そこでは、羽田空港全体の立体映像が上空に浮かんでいた。

姫路
.姫路.

「こちらを用いて、ご説明いたします」

姫路は、立体映像用ポインターを映像に向けて、状況を説明し始めた。

姫路
.姫路.

「現在、我々がいるのが、南側の機体工場です。そして、第一ターミナルと第二ターミナルに挟まれたこの区間、こちらが、武装勢力との戦闘の中心となっています。彼らは首都高湾岸線の空港中央ICより、羽田空港へ侵入。ターミナル前まで侵攻をしておりますが、まだ、第二防衛ラインは突破されておらず、防衛には成功しております」

第一防衛ラインが突破されていても、防衛に成功したといえる神経が、ウルヴェルヌにはよく理解できなかった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「第一防衛ラインは、壊滅したのですか?」

姫路
.姫路.

「いえ、第一防衛ラインの警備は、敵を迎撃しながら、徐々に後退。第二防衛ラインと合流しました。」

後退しながら迎撃とは、器用なことをしている。おそらく、さほど死傷者を出さずに、どう対処するか。それが日本の警備なのだろう。どれだけ死人を出してでも制圧する、というやり方ができない国なのだろう。ウルヴェルヌは、日本と言う国、組織をそのように理解した。

だが、ドローンが滑走路に侵入してくるのを見ても、なお、防衛ラインが突破されていないといえる神経は、やはりウルヴェルヌから見て羨ましい物だった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「では、私も第二ターミナルに向かいます」

ウルヴェルヌは簡単に言った。

姫路
.姫路.

「ですが、現在、天界府の方々は、第三ターミナル、西側の建物の方、に待機していただいております。状況改善がありましたら、ウルヴェルヌ様は、こちらから、極東官庁に向かっていただきたく・・・」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「かしこまりました。第二ターミナルの混乱収束後には、直ちに第三ターミナルへ向かいます。なにとぞ、ご理解をお願いいたしたく」

ウルヴェルヌは再び頭を下げた。自分の仕事に介入されれば不愉快であるということは、ウルヴェルヌも理解していた。だからこそ、丁寧に頭を下げ、改めてお願いをすることにしたのだ。

姫路
.姫路.

「かしこまりました」

姫路はため息交じりだった。しかし、うなずいてくれたのは事実だ。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「私の行動は、即日、極東官庁より、移動データと合わせて提出いたします。ですので、現段階での監視は不要です」

ウルヴェルヌは、姫路の言葉に先んじてそう伝えておいた。天使に対する不信感から、監視をしたいという気持ちはわかるが、それは、国際法上の『天使行動監視の禁』に触れる違法行為だ。

姫路がこの国際法を認知しているかは、ウルヴェルヌには判断できなかった。しかし、あまりに淡々と語るウルヴェルヌに、姫路は次第に気圧されているように見えた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「それで、何か注意事項はありますか?あなた方が本作戦で定めておられる禁止事項等、についてですが」

姫路は、ウルヴェルヌの問いにハッとしたように答えた。

姫路
.姫路.

「現在、最前線警備隊には実弾の発砲許可を出しておりません」

ウルヴェルヌは、自分から聞いておいて、けげんな顔をした。姫路は、味方どころか、敵すらも殺さないということを目指しているのだろう。

姫路
.姫路.

「攻撃は、ジャミングや催涙グレネード、放水を基本としております」

ウルヴェルヌは、随分と悠長な考えだ、と思わずにはいられなかった。

姫路
.姫路.

「ですので、少し、こちらをお持ちください」

姫路はそう言って、グレネードを手渡した。

姫路
.姫路.

「催涙グレネードです。煙には、ご注意を」

ウルヴェルヌは複雑そうな顔をしたが、受け取ることにした。

姫路
.姫路.

「それで、そちらの装備品のボックスに関してですが・・・」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「殺傷能力のある者については、対人使用を控えます。また、羽田空港からの脱出が完了した段階で、使用を終了いたします。この条件で、私名義で、武器持ち込み特別申請を出しております。そのほか、武装についても、ご説明いたしましょうか?」

ウルヴェルヌは、また少し怒りが募ってくるのを感じた。いつまでもここで足止めを食っているわけにはいかない。しかも、ウルヴェルヌの持ち込む品に関しては、既に、徹底した手続きと申請を行っている。

本当は見せたくないこちらの手のうちまで明かして申請を行ったのだ。さらに、この緊急事態にいつまでも些事を気にして出撃を最後まで許そうとしない姫路に、ウルヴェルヌは怒りを感じていた。そろそろ我慢も限界が近づいてきていた。

姫路
.姫路.

「ええ、そのように、お願いいたします」

姫路は、ウルヴェルヌの説明に少し圧倒されたかのように頭を下げた。いかに天使と言えど、むやみに目立つ武装をいつまでも携行しているわけにはいかない。

これは、法の問題ではなく、日本の秩序に対するウルヴェルヌの配慮であった。彼がボックスに、ロケットランチャーや熱戦光学兵器のような高威力の兵器を搭載しなかったのも、これが理由である。

やろうと思えば、衛星兵器のリモコンを持ち込む申請を出して、承認させてもよかった。しかし、日本の治安事情や国民感情を鑑みて、派手な武器を持ち込むことは賢明ではないとウルヴェルヌが判断し、ボックスの中身を選んだ。通常考えれば、まともに使える兵器ではないパイルバンカーを持ち込んだのはそのためである。

それから、ウルヴェルヌは、頭を下げた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ありがとうございました。この危機的状況において、非常にわかりやすい説明でした。よく訓練されていると感じております。それでは、失礼いたします」

ウルヴェルヌは明るい表情で、礼を言って歩き出した。本当は、欠点の一つでもあげつらってやりたい気分ではあった。しかし、それをぐっとこらえ、ウルヴェルヌはなんとか、姫路の対応を褒めたのだった。

姫路
.姫路.

「こちらこそ、ありがとうございます」

ウルヴェルヌの反応に対して、姫路は少し意外そうな顔をしていたが、少し慣れたのか、言葉は落ち着いていた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「それでは、車を一台借りてよろしいでしょうか」

姫路
.姫路.

「ええ、では、こちらを、どうぞ」

姫路は、二つ返事で車両を貸してくれた。どうやら、礼を言われたことで、内心ホッとしているようだった。

姫路
.姫路.

「フルオートマチックの警察車両です。ご自由にお使いください」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「後程、極東官庁を通じてお返しします」

ウルヴェルヌはそう言って鍵を受け取った。ひとまず、これで交渉は終了だ。

ウルヴェルヌは、交渉によって、かなり疲れたことを自覚した。それも、すべては交渉中に感じた不快感のせいなのだ。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「これからは、これを続けなければならない・・・」

ウルヴェルヌは、苛立たし気に、舌打ちをした。

これからは、とにかく無駄な体力を使わされることになるのだろう。