羽田空港不時着 第5節


ウルヴェルヌは受け取った車両の鍵のボタンを押した。

貸し出された車両のドアが、静かに開く。車体は防弾加工はされているようだった。銃弾が飛び交う戦場に送り出すにはやや心もとない程度の加工でしかないようには見えたが。

ウルヴェルヌは、先ほど、返却すると言った手前、あまり穴だらけにするわけにもいかないことを理解していた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「注意して運用せねばな」

ウルヴェルヌは小声でつぶやいて、座席に乗り込んだ。

そして、鍵を鍵を差し込み、電源を付ける。すぐに、静かにモーターが回転し始める。

停止モードのまま、アクセルとブレーキを交互に軽く踏む。

すると、運転席のシートがウルヴェルヌの身長に合わせて自動調節された。手早くシートベルトをしめてハンドルを握る。

ウルヴェルヌは、傍に立ち続けていた姫路に頭を下げた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「それでは、失礼いたします」

姫路
.姫路.

「それでは」

姫路は、ホッとしたように敬礼して、その後、頭を下げた。。

ウルヴェルヌはアクセルを踏み、ハンドルを回して、ゆっくりと車を倉庫から出した。

榎倉は倉庫の外で、凍り付いたように直立不動の姿勢をとっていた。

ウルヴェルヌがゆっくりと車を榎倉に近づけると、榎倉は、動き出した。

榎倉
.榎倉.

「話は済んだか?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ、この騒動を鎮圧する。そのことについて、話を付けてきた。とりあえず乗れ」

榎倉は後部座席のドアを開けると、装備品ボックスを担いだままそちらに乗り込んだ。後部座席の方が、ウルヴェルヌから見えないものが見やすいという判断だ。

榎倉
.榎倉.

「これに乗ってどこに行くんだ?」

ウルヴェルヌは榎倉の端末に情報を転送した。

それから、車両を手動運転モードに切り替えると、アクセルを踏んで車を動かし始めた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ここから一番近い、第2ターミナルだ。そこの正面が現在、最も戦闘が激しいようだ」

榎倉
.榎倉.

「つまり、そこで戦う、と」

榎倉はウルヴェルヌの転送した情報の種類だけを確認しながら言った。中までわざわざ確認している時間はないだろう。

ウルヴェルヌはモーターのアクセルをさらに踏み込んだ。車が加速していく。

榎倉は、窓の外を感慨深げに眺めていた。人々を運ぶターミナルである空港が、今や戦場になっている。まだ、実際に見たわけではないが、そのように想像すると、気持ちが沈むのを感じた。

榎倉
.榎倉.

「これを作るのにどれだけ労力かかったんだろうって思うと、胸が痛まないか?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ。だから、出来るだけ迅速に鎮圧する必要がある」

ウルヴェルヌは極東官庁との連絡の合間に、榎倉の言葉に相槌を打った。

榎倉
.榎倉.

「なんか、答えとして違うような気もするが・・・、」

榎倉はすでに同じことを言っているが、何度言っても、ウルヴェルヌや天使の回答は変わらなかった。判断能力が仕事に特化していて、それ以外の感情を持っていないかのような天使も多い。

仕事に熱心であり、自分の専門で大きな問題を解決しようとするのはいいことのはずだ。しかし、金融危機を医療で回避しようと言われれば、かなり無謀な挑戦だと榎倉でもわかる。しかし、それを本気でやろうとするのが、天使という生き物だ。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「それと、榎倉、いかに相手がテロリストといえど、殺傷しないというのが、日本としての行動原則の様だ。それを実行する手段として、これを受け取った」

ウルヴェルヌはそう言って、グレネードを手渡した。

榎倉
.榎倉.

「催涙か?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「よくわかったな」

榎倉
.榎倉.

「ニュース見てるからな。暴動の鎮圧じゃよく使ってる」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「今回は暴動と言うのには派手だがな」

榎倉
.榎倉.

「同感だ」

榎倉は、少し満足げにウルヴェルヌに同意した。ごくたまに、ウルヴェルヌが与太話に付き合うことがある。今がそれだったのだ。

ウルヴェルヌはオペレーター側に先ほど、姫路との会話で思ったことを尋ねた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「そういえば、、海側にも敵がいるようだな」

オペレーター
.オペレーター.

「はい。攻撃性ドローン、および、飛行機の撃墜も海側からだったようです。そちらについては、海上保安庁が出動中です。」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「・・・海上警備は別系統というわけか」

榎倉
.榎倉.

「やれやれ。海側はザルだったのか」

榎倉は文句をいいたげに言った。

オペレーター
.オペレーター.

「船舶監視システムで、すべての海上船舶は、管理されているはずでした。申し訳ありません」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「その件については、後程しっかり俺も調査する」

ハッキングやシステムエラー、しかも、悪魔に利用されそうなセキュリティホールなどを見つければ、そこから悪魔の手掛かりが得られるかもしれない。

急に榎倉が立ち上がった。

榎倉
.榎倉.

「おい!ウルヴェルヌ!左前方!」

榎倉が身を乗り出して左を指さした。

するとオペレーターの通信からも反応があった。

オペレーター
.オペレーター.

「10時の方向!突破されています!」

ウルヴェルヌは言われた方向を見た。

どうやら、一部の警備が突破されたところの様だった。

滑走路上を、武装した者たちが走ってくる。

オペレーター
.オペレーター.

「空港の警備を突破してきた模様です!」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「悪魔反応はどうなってる!」

ウルヴェルヌが前方を見つめて尋ねた。

オペレーター
.オペレーター.

「ありません!前方敵影はすべて人間の模様です」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「分かった。日本政府警備本部の対策方針を尊重、殺傷行為を制限し、対策に当たる」

ウルヴェルヌはそう言ってアクセルを思い切り踏み込んだ。

榎倉
.榎倉.

「うぉっ!どうするつもりだ!」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「わざと接近して、俺の姿を確認させる。そのうえで、逃走したらどうなるか、確認したい」

それによって、結局、この襲撃の目的が何だったのか、分かってくる。

ただ暴れたいだけなのか、ウルヴェルヌを殺害するという明確な意思があるのか。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「今の状況は混乱していて、俺を殺す目的があるのかどうかすら確認しきれない。それを、今から確かめたい」

榎倉
.榎倉.

「分かったけど、シートベルトが要るような荒い運転は勘弁してくれよ」

榎倉はそう言っていざという時のために、能力をすぐに出せるように集中していた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「貴様、道路交通法を遵守しろ!シートベルトをしていないのか!」

榎倉
.榎倉.

「今はそんなこと言ってる場合かよ!シートベルトしてたら、戦闘しづらいだろ!」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「まぁいい。今後は許さんぞ!」

榎倉
.榎倉.

「くっそ、俺に説教するなら、少しはスピード緩めたらどうなんだ!」

榎倉は激しく口を尖らせた。ウルヴェルヌは、榎倉のシートベルトを指摘している間も、スピードを一切緩めていなかった。

しかし、ウルヴェルヌは榎倉の言葉を無視した。勢いよくクラクションを鳴らしまくる。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「敵もこちらに気が付いたようだな」

ウルヴェルヌは淡々と言った。その間に、アクセルをさらに踏み込んでさらに加速した。

榎倉
.榎倉.

「そりゃそうでしょうよ!それだけ目立つことしたんだから!」

榎倉は、ウルヴェルヌのあまりに唐突な行動に口を尖らせた。

榎倉
.榎倉.

「まったくもー、少しは言ってよねぇ」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「突っ込むぞ」

ウルヴェルヌは武装集団との激突を一切恐れぬ声で言った。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「グレネードを準備しろ!!催涙だ!」

ウルヴェルヌはハンドルを勢いよく回しながら言った。パトカーはどんどんテロリストたちの方に近づいていく。

テロリストたちは、何の迷いもなく突っ込んできそうなパトカーに恐れをなして統率を失っている。

榎倉
.榎倉.

「も、もっと早く言ってくれって!」

榎倉はそう言いながらも落ち着いた手つきでグレネードのピンを外して外に投げつけた。

ウルヴェルヌは、思い切りハンドルを回す。一気に車が90度真横に回転する。

パトカーは武装集団の至近距離で止まった。

榎倉
.榎倉.

「うわ!投げるの早すぎたか!」

榎倉は、真っ赤な煙が立ち上り始めたグレネードを見て呻き声を上げた。

しかし、次の瞬間、一気にテロリストたちを置き去りにし、進行方向を直角に変えて爆走した。

榎倉
.榎倉.

「ふぃー、とんでもない事するなぁ。間違って破片手榴弾 投げてないよね」

榎倉は遠ざかるテロリストたちを見つめて言った。

榎倉
.榎倉.

「アイツら、全員、徒歩だったな。あれじゃ、お前を襲うっていうよりは、完全に烏合の衆として騒ぎを拡大させてるって感じだったな」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ」

ウルヴェルヌは静かに運転を続けた。

榎倉
.榎倉.

「おいおい・・・。俺の話にゃ興味ないってか」

榎倉は口を尖らせたが、こういうとき、ウルヴェルヌに何を言っても無駄だ。

ウルヴェルヌは、この混乱を拡大させるメリットを考えていた。

戦力の分散、どさくさまぎれのウルヴェルヌの殺害を狙う。

ウルヴェルヌは、まとまらない考えに苛立ちながらも言葉を発した。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「今回のこの事件、目的が見えない。ただ、祭りの様にバカ騒ぎをしているようにしか見えないな」

榎倉
.榎倉.

「お祭りの為だけにここまでするとは、どんだけ余裕なんだよ」

この事件で逮捕された人間たちから自分たちの正体に近づかれるという危機感はないのだろうか。身を潜めている悪魔たちは、そんなことをされても、まだ潜伏できると高をくくっているのだろうか。

榎倉
.榎倉.

「というか、アイツらどうするんだ?鎮圧するのか?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「様子見で、置いていく。追いかけてくるならば、第二ターミナル付近で車から降りて、戦闘に入る」

榎倉
.榎倉.

「了解。よ~く見ておくぜ」

榎倉は後ろを振り返った。

榎倉
.榎倉.

「まだ催涙ガスでもたもたしてるな。ありゃ完全な素人だな」

榎倉はつぶやくように言った。もう少し訓練をして投入されているかと思いきや、あれでは、完全なる烏合の衆だ。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ただの使い捨ての陽動とも考えられる」

榎倉
.榎倉.

「使い捨ての陽動が一番最初に警備を突破して滑走路に侵入するか?」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「・・・それはないな」

おそらく、今の集団は、軽微な手薄なところを指示されて通っただけだろう。自身の能力で突破したわけでもないし、主力ともいえないだろう。

ウルヴェルヌは、車を減速し始めた。

榎倉
.榎倉.

「お待ちかねの主戦場、第二ターミナルか」

榎倉はそう言って伸びのような恰好をした。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ああ、気を引き締めていけ」

ウルヴェルヌは、淡々と、用心深く言った。

しかし、榎倉が見たウルヴェルヌの表情は、どこか嬉々としていると感じられる物だった。