羽田空港不時着 第7節


ウルヴェルヌは、ただ任務を遂行することだけを純粋に考えていた。

一方の榎倉は、世闇の中、大量の照明器具に照らされた武装集団の戦闘に気を取られていた。

ウルヴェルヌは、歩き出してしばらくから、榎倉がついてきていないことに気付いた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「おい、何をしている行くぞ」

榎倉
.榎倉.

「ああ、すまん。少し見てただけだ」

ウルヴェルヌは表情を険しくしたが、それでも小言を言うのは止めにした。

榎倉
.榎倉.

「ああ、気を抜いたりなんかしてないさ」

榎倉は、あえて自分の方から言った。

ウルヴェルヌはそれを聞いても何も言わなかったが、階段を素早くおりながら静かにうなずいた。

ターミナル1Fには、警備隊の後詰の部隊が待機していた。それぞれ、ジッと黙って、ガラスの向こう側の戦闘を見つめていた。

照明はついているが、構造上その空間は薄暗くなっている。待機中の警備隊員は、一様に、得も言われぬ緊張感のある面持ちで立ち並んでいた。

榎倉は、またやや機械的な動きを始めた。人前に出るたびにただの警備天使のふりをするのは面倒だった。それでも、やれという命令が出ている以上、やらねばならない。

ウルヴェルヌは、その動きを確認してから、大きな声で呼びかけた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「天界府戦闘機関所属、大天使、ウルヴェルヌが到着いたしました。この地区における指揮官の方はどなただろうか」

警備隊員たちが、一斉にウルヴェルヌの方を向いた。中にはビクッとしたり、思わず手に力を込めて居そうな警備隊員たちもいた。

ウルヴェルヌは同時に、IDを空中に表示した。空中に表示されたIDの青い光が、警備隊員たちの顔を青く照らす。

警備隊の兵士たちの数人が、同じところを振り向いた。ウルヴェルヌは底が指揮官の居場所と判断し、そちらの方に目をやった。

すると、一人の男性が歩いてやってきた。

日高
.日高.

「私が、当該地区の警備の指揮を担当しております。日高です」

日高はウルヴェルヌの前までくると、敬礼をした。日高は、敬礼に応じてくれないウルヴェルヌに、今度は握手で対応しようと手を差し出したが、ウルヴェルヌはそれに応じず、話を始めた。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「私と背後の警備用エノクラモデル天使と出撃いたします。よろしいですか」

ウルヴェルヌは手短に要点だけを伝えた。すでに交渉はしている。それに加えて、忙しい現場で事情や背景をちんたら話していると迷惑だからだ。

日高
.日高.

「お話は姫路より伺っております。すでに、日本国首相からも許可をいただいているとのことで」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「はい。この事態の解決に、ご協力いたします」

ウルヴェルヌは強くうなずいた。日高は、ウルヴェルヌがあまりに当然のことの様にふるまっているため、若干の戸惑いを隠せない様だった。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「出撃前に、あちらの、空港図を利用させていただいてよろしいでしょうか?」

うろたえる日高に合わせることなく、ウルヴェルヌは尋ねた。ウルヴェルヌの指さす方向には、警備本部で見せられたものと同じ、空港の立体図が薄青い色で表示されていた。

日高
.日高.

「ええ、構いませんが・・・」

日高は、ウルヴェルヌと空港の立体図をせわしなく交互に見つめて答えた。日高も決して落ち着いているようには見えなかった。本来であれば、落ち着いた状態で会話することが望ましい。しかし、この戦闘状態で悠長なことは言っていられない。そのため、ウルヴェルヌはあえて自分のペースで淡々とことを進めた。

ウルヴェルヌは足早に立体図の方へ歩みを進めた。日高は不規則な歩調でウルヴェルヌについて行った。

ウルヴェルヌは、作戦用詳細立体図をじっと見つめた。近くにあった操作端末で、表示設定のチェックマークを付けたり外したりを繰り返した。

タブレット上でモデルを操作し、所定のポイントを赤くマーキングする。

日高
.日高.

「こちらの、赤でマーキングされたのは・・・どのような位置なのでしょうか」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「先ほど、襲撃者たちがこちらのポイントから滑走路上に侵入しているのを確認いたしました。こちらのポイントに、警備隊員は派遣されておりますか?」

日高
.日高.

「いえ、この図上で、黄色く表示されている箇所が、警備隊員の所在位置ですが、ウルヴェルヌ様のおっしゃるポイントにはそれが表示されておりませんので、誰も向かっていないかと」

消極的警備のツケが回った結果だろう。監視体制も不十分で、入ってきそうなところだけを守る。だが、敵は守っているところだけを攻めるわけではない。

今回の場合は、素人のバカ騒ぎだから、適当なところから入り込んだ戦力も大したものではない。

だが、放置しておくわけにもいかない。水が一度流れ込んだ場所には、周囲を削りながら次々と流れていく。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「では、私はこちらに出撃いたします。何名か、同伴者を付けていただいてよろしいでしょうか。交戦を強いるものではなく、あくまで、私の行動の監視および、現行犯逮捕の実行をお願いしたいのです」

ウルヴェルヌは矢継ぎ早に言った。相手の返答を待っていては、ダラダラとした質問に付き合わされるだけだ。こちらの要求事項を手短に伝える。

日高
.日高.

「か、かしこまりました。では、この地区の副責任者及び小隊規模の人員を同行させます」

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「ありがとうございます」

ウルヴェルヌは、頭を下げた。

日高
.日高.

「それと、発砲許可についてですが・・・」

ウルヴェルヌは、ため息を突きたい気分だった。そこに拘る必要性を感じていなかったからだ。

ウルヴェルヌ
.ウルヴェルヌ.

「こちらのボックスに入っているスタン警棒で対応いたします」

ウルヴェルヌは装備品のボックスから、警棒を取り出して言った。

スイッチを押せば、電流が流れ、気絶をさせられる武器だ。人間相手ならば、素手でも十分に始末できる程度の技術も能力も、ウルヴェルヌは有している。

だが、そんなことを言ってもかえって怪しまれるばかりなので、そのために使い慣れていないにもかかわらず、持ってきたのだ。

日高
.日高.

「ご理解、ご協力のほど、ありがとうございます」

ウルヴェルヌ自身は、実際のところ、理解はしていないのだが、形式上は協力することにしていた。

日高
.日高.

「では、用意されている車両を動かします。そちらで移動してください」

日高
.日高.

「かしこまりました」

目的地まで、ウルヴェルヌと榎倉の速力ならば、1分経たずに到着できる。しかし、それだと、随伴する部隊が追いつかない。監視の部隊を振り切って戦闘を行えば、関係は悪化する。だから、ウルヴェルヌは素直に従うことにしていた。

榎倉は、何も言わず、ウルヴェルヌの背後を機械的についていくだけだった。