羽田空港不時着 第9節


時はネフィリム出現の頃から少し戻る。ちょうど、ウルヴェルヌの乗った飛行機が不時着した頃の時刻。

若い警官
.若い警官.

「始まったようです」

警視庁東京空港警察署の署長室で、若い警官がため息交じりに言った。

今、ウルヴェルヌは、不時着した飛行機から脱出していた。

遠くで銃撃、爆発、あるとあらゆる騒ぎの音がしている。

署長室には、東京空港警察署の警官以外に、3人の人物がいる。

一人は初老の男、山本雅史。警視庁異存在対策課の刑事。

一人は長髪の少年、中里浩。新宿のエクソシスト本人。

一人は内気そうな少女、中里マリア。中里浩の妹にして、女子高校生エクソシスト。

3人は、署長室のソファに腰を下ろして、銘々来るべき時に備えていた。

若い警官は、外の騒ぎを気にしながら、3人に尋ねた。

若い警官
.若い警官.

「あなた方は、いかがなさいますか?」

老刑事は自分のタブレットを見つめて通常業務を行っているし、少年は退屈そうにふんぞり返っているし、少女はタブレットで勉強している。まるで、この騒動を気にしている様子はない。

若い警官が気が気でないのもしかたないことだった。山本は、それをおもんぱかって、口を開いた。

山本
.山本.

「俺たちの任務は、警察および自衛隊が違法異存在を確認した段階から開始される。それまでは、悔しいところだが、ここで待っているしかない」

山本の表情はしかめっ面だが、こんな状況には慣れていた。しかし、中里は不満そうだった。

中里
.中里.

「ここまでのおおがかりな襲撃、悪魔が関係しているに決まってるんだから、さっさと出ようぜ」

中里マリア
.中里マリア.

「まぁまぁ、そうはいっても、ここは、まずは、警備隊に任せておこうよ」

マリアは手元の教科書から目を上げ中里をいさめた。

中里マリア
.中里マリア.

「悪魔が関与していることと、現場に悪魔が居ることは、別だから、すぐに出られるわけじゃないんだよ」

山本
.山本.

「そうだ。こればかりはお前でも俺でもどうしようもない」

山本はうなるように言った。

山本
.山本.

「ここは、現場レベルでも、判断レベルでも、蚊帳の外なんだからな」

今回の警備隊、異存在対策課も参加させてほしいという旨は再三要求してきた。しかし、警備隊に編入することは許されなかった。

それでも、東京空港警察署にて、待機し、ネフィリムの出現に際し、本部からの出撃要請があった場合にのみ戦闘を行う、という合意にまではこぎつけた。今この警察署に居るだけでも、大分、粘った結果なのだ。

さらに今この警察署の目の前を何台もの車が通り過ぎていく。その車はすべて、襲撃者たちを乗せたものだ。

だが、彼らは、警察署になど目もくれず、ターミナルの方へ向かっていた。

山本が現場レベルでも蚊帳の外、と言ったのはそういう事だ。襲撃者たちにすら相手にされていない。

逆に、この警察署の署員たちは、襲撃者が通過していることが明らかでも手を出すことができなかった。警備に関する行動は、警備隊で一括管理されている。警備隊に編入されていない署員が手を出せば、合同警備隊から文句が飛んでくる。

山本は中里をにらみつけた。

中里
.中里.

「・・・待つけどもさ」

中里は山本からの視線を感じてから不満そうに言った。マリアはそれをきいて中里に笑顔を向けてから、再び教科書に目を落とした。

若い警官
.若い警官.

「中里さんは、悪魔との交戦経験は、どの程度ですか?」

若い警官は、中里に多少気を使って、尋ねた。これ以上不満をタラタラと述べられても、鬱陶しいだけだ。

中里
.中里.

「いくつも。公式なのだと、30体、だったかな」

中里はつとめて淡々と答えた。しかし、声色には得意そうなものと、出動を禁じられている怒りが少なからず滲んでいた。

そのためか、姿勢はややふんぞり返り気味になってきていた。

一応、マリアが目配せをして姿勢を咎めているのだが、それでも徐々に崩れてきている。

中里
.中里.

「もちろん、マリアのサポートがあるからこそ、ですけどね」

中里はマリアの目配せをそちらの意味で捉えていた。

一方の山本は「公式」という言葉に、眉をピクリと動かした。この言い方だと、非公式行動があるかのようだ。

老刑事は過去の経験を踏まえ、言葉遣いには気を付けろと苦言を呈そうとした。ところが当の中里本人はマリアの方を向いてしまった。

中里
.中里.

「マリア、勉強進んでるか?」

中里マリア
.中里マリア.

「うん。大丈夫だよ」

マリアは高校数学の教科書から目を上げずに言った。淡々と教科書を読んでいるだけだが、マリアにとってはこれで十分な勉強だった。

緊張が無いわけではない。しかし、何もしないよりは、普段通りに勉強していた方が落ち着く。

その頃、飛行機が爆発する音が聞こえた。

中里
.中里.

「うぉっ!大きい!」

想像以上の音に中里も驚いたようだった。

若い警官
.若い警官.

「い、一体何が・・・」

若い警官も不安そうに声を上げた。

いかに悪魔が紛れ込んだ国とはいえ、ここまで激しい騒動など全くもって経験がない。

山本は、これ以上はここで中里を大人しくさせておくことは難しいと判断した。

山本
.山本.

「これはいよいよだな。すまないが、屋上に出させてもらってもいいか?」

若い警官
.若い警官.

「ええ、構いませんが・・・」

山本
.山本.

「分かっている。悪魔の出現以外では、中里達に出動は命じ無い。それは、この異存在対策課山本雅史が何としてでも抑え込む」

山本は、淡々と答えた。警察には60年近くいる。その辺りの面倒くささは、この若い警官と比にならないほど良く熟知している。

警官はゆっくりと歩き出し、中里も意気揚々とそれについて行こうとした。

しかし、マリアが立ち上がらない。そのことに気付いた中里はすぐにマリアの元に駆け寄った。

中里
.中里.

「マリア、どうした?」

中里は、かがみこみながらマリアを気遣った。

マリアの顔が緊張でこわばっている。血の気が失せて青ざめている。

若い警官
.若い警官.

「この状況ですから、緊張するのも無理はありませんよ」

警官は、自分の手も少し震えているのを理解したうえで言った。屋上に行って、被害状況を明確に確認できるようになるのすら、恐ろしかった。

中里の動きからマリアの状態に緊張感を覚えた山本も足を止めて振り返った。

それから、青ざめたマリアを見つめてギョッとしたような声を上げた。

山本
.山本.

「大丈夫か!?」

中里マリア
.中里マリア.

「大丈夫。浩くん、大丈夫」

中里
.中里.

「その言い回しがすでに心配だ・・・」

中里は半ばあきれたように言った。しかし、マリアにとってはここまでの大規模な戦闘は初めてだ。緊張するのも無理はない。

中里
.中里.

「今回はどうせ、俺だけが行く。お前はバックアップだから安心しろ」

中里はマリアの肩に手を置きながら言った。

しかし、マリアはぴくっと体を震わせた。何か、強力な恐ろしい物が力を振るっている感覚。

怪物。

中里マリア
.中里マリア.

「何か・・・感じない?」

中里
.中里.

「いや・・・、何にも・・・というわけではないけど・・・」

中里はマリアの意図していることが何なのかは分からなかった。

しかし、マリアは、何かに反応するかのように表情を曇らせている。

怪物が絶大な力を振るっている。マリアの直感がそう叫んでいた。

しかし、その怪物が何なのか全くわからない。しかし、ここから南東にその怪物が居るのは分かる。しかし、その正体が分からない。しかし、今まで見たことのない怪物が居る。しかし、その怪物を見たことが本当にないのかという疑問がわいてくる。

中里
.中里.

「おい!しっかりするんだ!」

中里がマリアの肩を揺らした。

中里マリア
.中里マリア.

「浩くん・・・頭・・・いたいよ。そんなに揺らされたら」

マリアは苦言を呈しながらも内心は感謝していた。ひとまず、気持ち悪くなったせいで、直感の叫びに耳をかたむけているどころではなくなった。

中里
.中里.

「ご、ごめん」

中里はマリアから手を離した。

中里マリア
.中里マリア.

「うん、でもおかげで少し良くなった」

マリアは正体不明の恐怖の正体について考えることを、諦めた。

中里マリア
.中里マリア.

「少し風に当たれば、大丈夫だと思う。だから、行こう」

マリアは、無理やりに笑みを浮かべて言った。